五千円札
お正月に、親戚の子が遊びに来ました。中学生になったので、お年玉は五千円に値上げしてあげたので喜ぶかと思ったら、五千円札をただじーと見つめています。「どうしてそんなにじーと見ているの?」と聞いたら、「これは初めてみた」と。えー!五千円札知らないの?びっくりです。どうやら一万円札と千円札は知っていても五千円札は初めてらしい。
よく考えてみれば、五千円札ってATMでおろしても、出てこないし、手に入れる方法といったら、銀行で両替するか、一万円札で支払いしたときのお釣りでしかない。そういえば、普通はわざわざ両替しないので、私も新五千円を手にしたのは、発行から1年近くたってからのような気がします。
今はキャッシュレスの時代、カードや電子マネーをつかうのが普通になっています。前回大幅にお札のデザインが変わったときは、聖徳太子の一万円札はすぐに見なくなりましたが、福沢諭吉の一万円札は、新札発行から1年半たった今でも、ATMから普通にでてきます。それだけ現金が流通しなくなったんだなぁと思います。中学生が初めてみたというのもうなずけるところです。
現金は犯罪の温床になる可能性が高いし、キャッシュレスが進むのはいいことなのかもしれません。でもそうなれば、必ずどこかで手数料がかかることになります。キャッシュレスは便利だけどねぇ、現金も捨てがたい気がします。

今週の展示は「光の記憶」、武蔵野美術大学の学生さんの3人展です。油画とインスタレーションの展示、テーマは「光」。輝くような作品たちを是非ご覧ください。2月3日まで。
丙午
フランスに住んでいる友人の娘に、この春赤ちゃん(女の子)が生まれるというおめでたいニュースで明けた2026年でしたが、友人が今年は丙午だから、ちょっと心配と言っていました。そうかぁ、今年は丙午なんだぁとやっと気づいた私。友人の娘に至っては、なにそれ?と鼻であしらわれたらしいです。そりゃそうだよね、今や日本でもそんなこと気にする人はほんのわずかだろうし、フランス生まれのフランス育ちの彼女にしてみれば、なにそれ?っていうのも無理からぬことです。
では、60年前はどうかというと、日本の人口ピラミッドをみると、その年だけ不自然にへこんでいます。出生数は前年の25%減だそうで、このころはやっぱり気にする人多かったということがわかります。120年前はどうだったのか気になるところですが、そのころは統計がなかったみたいです。そもそも八百屋お七(丙午生まれ)の火付け事件(1683年)が発端となっているらしく、火事が多いとか、夫を食い殺すとか、主に女性に関する迷信がはびこっていたようです。
で、丙午生まれの男性はどうかというと、松下電器(現Panasonic)の創業者の松下幸之助さんに代表されるように、新しい時代をきりひらくとか、いいことしかでてきません。
女性だけが悪いというのも、今の時代にあわないよなぁと思います。ま、ただの迷信なんだけど…
いずれにせよ、現状打破やチャンスを掴むような強いエネルギーの年らしいので、今の日本の現状を打ち破るような、画期的な年になってほしいと思う2026年の始まりでした。

今週の展示は「自由にしたらいいさ」、彫刻のインスタレーションです。シュールな近未来のなかにレトロのエッセンスが入って、少し廃墟感もある、そんな素敵インスタレーションです。 ジュイエ今年初めの展示です。是非お越しください。20日まで。
飴と鞭
昨日の朝日新聞のトップに「年収の壁178万円 自国合意」という記事がありました。手取りをふやし、経済を活性化させる大減税ってことらしいのですが、本当にそうなの?と疑問に思います。確かにやらないよりはいいのだけど1面トップにのせるようなこと?と思ってしまうのです。
上記は所得税だけのことです。実際のところ所得税はたいしたことがない、重いのは社会保険料であり、住民税というのが庶民的感覚です。所得税の壁が178万円になったとて、住民税は今のところ100万のまま、社会保険料には130万の壁があります。独身の人はともかく、このあたりの金額で働く人って、家族の扶養になっている方が多いのではないかと思います。 扶養のままなら社会保険は無料。社会保険が発生すれば、だいたい15%は払わなければならない。だとすると178万まで働こうって人は少数ではないかと思います。扶養控除にもかかわってくるしね。もっとがっつり働かない限り、手取りなんてさほど変わらないんじゃないかと思います。(もっと細かくわかれているようですが、ざっくりとはこれであっていると思います)
どう考えても、画期的とばかりに、新聞の1面トップを飾るものではないんじゃないかと思ってしまいます。 今後医療費の値上げも検討されているし、飴と鞭だとしても、飴が小さすぎやしない?と思うのは私だけですか?

今週は「NOËL À KALEIDOSCOPE 2025」、ジュイエ今年最後の展示です。2週つづけて革製品の展示ですが。また違った趣があります。ツリーの飾りは、革小物の果物、すごく可愛いです。今年限定のものもあり、定番もあり、それ以外も素敵な革製品が並びます。クリスマスらしい展示ですので、是非お越し下さい。23日まで。
師走
12月に入って、カレンダーも1枚だけになり、今年もあと1か月と思ったのもつかのま、もう12月も半ばです。12月って特に早い、師走とはよく言ったものです。
師走とは「僧が年末の法要で走るほど忙しい」という意味からきているのは、よく知られるところです。ところが所説あり、その中に
「為果つ(しはつ)」=物事をやり終える月
という説があるそうです。
これはいい言葉だなぁと思います。ひとつの区切りをつけるともに1年をふりかえる、12月ってそんな月。個人事業主であれば、12月は決算の月、まさに物事をやり終える月といえるでしょう。
今年もたくさんの種類の展示がジュイエで開催され、楽しみながら仕事することができました。1月、2月の展示はもうずいぶん前のことのような気がします。1年は早いといっても、ひとつひとつ振り返ってみると、そうでもないなと思ったりします。
終わった展示を振り返りつつ、今の展示のサポートをしっかりしつつ、来週の今年最後の展示を楽しみにして、「師走」を終えたいと思います。さぁ、今週も来週も頑張るぞぉ!

今週の展示は「未観。」、 レザークリエイターのFIELD EDGE DESIGNZ.(通称fedz.)さんの個展です。精巧で美しい細工の革製品は、見るだけでもうっとり、是非お越しください。16日まで。
何かを質問するとき
某金融機関のオンラインサービスで「パスキー」でなければログインできなくなるという連絡がきました。登録にはスマホでアプリを入れて、「パスキー」なるものを設定しなければいけないらしいです。 そもそも、私は金融機関のオンラインはパソコンでしかやりたくないし、スマホにアプリなんか入れたくないというほうです。しかたがないので、しぶしぶアプリを入れて、パスキーを設定。でもパソコンではパスキーでログインできません。 サイト内をみても、それに関する説明は見つかりませんでした。そこで、担当者に電話で聞いてみましたが、スマホのパスキーの入れ方の説明をしだしたので、いやそれはもう入っている、そこから先を知りたいといいました。「Androidならー」と言ったので、「私はiphone」と言っているのに、Andoridの説明をつづける始末、最終的には「パソコンの設定の問題」で終わってしまいました。(だから初めからパソコンのことを聞いているのに…)
しかたなく、自分で少し調べてみました。どうやらパソコンとスマホをつなぐのにBluetoothが必要そう。ふむWiFiじゃ駄目なんだ。そして、iphoneの場合は「低消費Bluetooth」というものが必要らしい。「低消費Bluetooth」って一体何?
パソコン購入したときに確かBluetoothのオプション入れなかった気がする、だったらアダプターを用意しなきゃいけないんだけど「低消費Bluetooth」も対応していなきゃいけない…
ここまで調べられれば、あとはChatGTPに聞けばなんとかなりそうな気がしました。で、聞いてみたところ、答えはすいすいでてきました。「低消費Bluetooth」は「Bluetooth Low Enargy」通称BLEで、これ搭載のアダプターの商品もいくつか教えてくれました。「ペアリングで困ったらまた質問してください」と最後まで親切。かくして無事「パスキー」でログインできるようになりました。
ここで気づいたことがあります。私は誰かに質問するときは、その質問に対して自分なりに予備知識をいれてから、聞くようにしています。そうすれば、聞きたいこと以上のことがかえってくることが多いからです。これって、人もChatGTPも同じなんだなぁと。質問できるレベルまで自分を引き上げる、これを常に心掛けたいものです。

今週の展示は「夜の記憶」、写真学校の夜間部に通う6人展。テーマは夜。夜ってシャープで温かい、そんなことを感じる写真展です。それぞれの夜を感じに、是非お越しください。9日まで。
電気がなくなったら…
30年近く前、冬に停電があったときに、ガスストーブがつけられない、石油ファンヒーターも駄目、ということがありました。幸いにも電気はそのあとすぐに復旧したので事なきを得ましたが、燃料が電気ではないのに、つけるために電気が必要という当たり前のことに気づきました。
昨日の朝日新聞の天声人語に「暖とる、情報を得る、食べる、飲む、助けを呼ぶ、時間を知る、排泄する、病を治す、あらゆることに電気は結びついている。裏を返せば、それがなくなるとき便利さは一瞬で困窮に転じる」という一文がありました。これを読んで上述のことを思い出したわけですが、あのときですらそうなのだから、30年たった今では、それ以上に電気に依存している生活を、私たちは送っているわけです。
天声人語では、そのあとに原発再稼働や否かという話題に続くのですが、やはりこれは考えらさせられることだよなぁと思います。大量の電気を作り出すためには、原発が必要ということはわからなくはないし、代替エネルギーの、例えば太陽光発電にしたって、パネルが反射してまぶしくていられないとか、山を切り崩して設置するので自然破壊につながったりします。されど、福島のことを思えば、簡単にイエスと肯定できることではありません。
私たちにできることって何だろう?LEDに変えて、なるべく電気を使わないことぐらいしか思いつきません。日本は地震国だから、地震のエネルギーを電気に変えることがができたらなぁと非現実なことを考えてしまう私です。

今週の展示は「第14回レッドバンブー展」、毎年開催されるジュイエではお馴染みの展示です。多ジャンルで工夫をこらしているので、どなたでも楽しめて、ほっとできる癒しの空間です。是非お越しください。25日まで。
アサギマダラと『ALL LEPIDOPTERA』
「てふてふが一匹韃靼海峡を渡っていった」
これは、安西冬衛の「春」にある一行詩で、大学のときの授業にでてきました。確か病に臥して日本に戻れない作者が、その思いを海峡を越える蝶に託したというような解釈がなされていたような気がします。ですが、そのときの私は、海峡をわたる蝶なんているのかしらん、いるとしたらどんな蝶?とぐらいしか思いませんでした。
そして、10年くらい前、熱海のローズガーデンでアサギマダラという蝶が、フジバカマの蜜を旺盛にすっているのを見たことがあり、解説には、長い距離を渡る「旅蝶」でその距離は2000キロとありました。もしかしたら、韃靼海峡を渡った蝶はアサギマダラではないだろうか?卒業して何十年もたってから視覚的に記憶がよみがえってきたことを思い出しました。

これが、その時にみたアサギマダラです。
そしてその10年後、今開催中の展示『ALL LEPIDOPTERA』で、またアサギマダラに出会うことになります。

それほど珍しい蝶ではなさそうですが、蝶は好きでも嫌いでもない私には、その後アサギマダラを見ることもなく、まさか自分のギャラリーで再会するとは思ってもみませんでした。この一行詩が大好きだというわけでもないのに、こんな風に思い出すのも、不思議な気がしました。蝶の数え方は正式には「頭」なのだそうですが、この場合は「一匹」でなければ、蝶の強さと同時にはかなさをあらわすことはできない気がします。文学と蝶、いろいろ調べてみたくなりました。
こんな風に思いをめぐらせることができる『ALL LEPIDOPTERA』は、素敵な展示です。
標本はケースに入っていないので、ギャラリーの照明に映えて、まるで生きているかのようにそこにいます。
その種類の多さとテーマごとにアーティステックに並べられている工夫に、作家の本気度が感じられます。そして何よりも美しい。
是非『LEPIDOPTERA』(鱗翅目、蝶や蛾の総称)の世界へお越しください!蝶の美しさに感動するのもよし、私のように蝶との思い出をよみがえらせるのもよし、2週間の展示ですので18日まで(水、木休)

「ダイナソー」じゃなくて「ガラパゴス」?
本日より、三人展「ガラパゴス」が開催されています。
三人の作品は、文字で説明するのは難しいのですが、その緻密さと繊細さは、展示説明にもある「進化系アート」と呼ぶのにふさわしいといえましょう。
新聞紙で恐竜を作っている杉崎良子さんは、「尊敬する金沢さんとタカハシさんに恐竜の作品ををつくってほしくて、この展示を計画した」と言っていました。そこでちょっとした疑問が頭に浮かびました。何故展示タイトルが「ダイナソー」ではなく「ガラパゴス」なのだろうか?と。
作品に関してはこんな感じです。

杉崎良子さんの作品

金沢和寛さんの作品

タカハシカオリさんの作品
あらためて考えてみました。「ガラパゴス」って何だろう?すぐ頭に浮かんだのがガラパゴス諸島、ダーウィンの進化論を発展させた島で、固有の生物が生息しているところ、ゾウガメやイグアナが有名ではありますが、爬虫類ぽいけど恐竜というわけではありません。 ふーむ?
そういえば、もうひとつ意味があります。独自に進化したものの意、ガラパゴス携帯、通称ガラケーがそのよい例ですね。このあたりに答えがありそうです。3人の作品の独創性は、みていただければ、うなずけるところです。独創的に進化したアート=ガラパゴス、なるほど納得です。
もちろん、作家さんに聞けばすぐ答えがでると思いますが、そういうことにも思いをめぐらせたくなるような素敵展示です。
三人展「ガラパゴス」には、写真だけでは絶対に伝わらない立体の素晴らしさがあります。是非是非、実際に見ていただきたい展示です。11月4日(火)まで。
「群衆」がテーマの展示
最近、群衆がテーマの展示をを3つ観ました。
ひとつめは、6月にジュイエで展示してくれた野村日向さんの油画。

ふたつめは、9月に、中央線芸術祭のプログラムのひとつ、座高円寺でみた戴飴霏さんのリトグラフ。

そして、みっつめは、今、高円寺BLANKで展示している日比谷泰一郎さんの日本画。

こんな感じですね。 作家も違えば、表現方法も見た感じも全く違います。人ひとりのポートレートのような作品はよくみますが、群衆がテーマの作品ってそうはみないような気がします。
3人の言葉を借りれば「人体に対する解釈を相対化し思考すること、人体表現の選択肢を探る」(野村さん)「他者との距離を絶えず調整し、自他の境界を探り合いながら、バランスをとること。無意識に行われるこの行為こそが、私にとっての都市生活の本質であり、日々の観察対象」(戴さん)「「人々がここに存在していた」という事実を証明するような日常の抽出」(日比谷さん)と、それぞれ考えていらっしゃることも違います。
それなのに、テーマが「群衆」と同じなのが、興味深いところでもあります。どれが好きかと問われれば、みんないいと思った作品であり、作家さんなのですが、展示から受ける印象も、私の思ったこともそれぞれ違っていました。
いずれにせよ、このテーマでどのように変わっていくのかが楽しみです。そして、こんな風に絵とかかわっていける私は多分幸せなのだという気がしてなりません。
野村日向さんのInstagram
戴飴霏さんのInstagram
日比谷泰一郎さんのInstagram
上記に作品が紹介されています。ご興味のあるかたは是非ご覧ください。

今週の展示は、金暎淑 / 鈴木誌織二人展 「孤独な散歩者の日常」中央線芸術祭のブログラムの一環として開催されています。絵画とインスタレーションの展示。 全く違う2人の作家の作品が、みているうちに融合していく、そして自身に至る、そんな感じです。是非お越し下さい。28日まで。
金木犀が香らない
今年はまだ金木犀の花を見ていません。いや見ていないというよりは、ほのかに香る金木犀の香りをまだ感じていません。 あの香りがすると、秋がきたなぁ、いい季節になるなぁと思うのですが...
家からギャラリーの道のりは20分ほどで、裏道を通るので、お寺があったりよそのお宅の庭があったり、少しそれると大き目の公園があったりするので、季節の花が楽しめます。同じ花や実をみることになるので、今年は花が多いとか、いまいちとか感じることができます。去年の金木犀が咲いたのはいつだったのだろうと写真を調べてみたら、10月19日、今日が18日なのでほぼ同じ時期ですね。今年はもう少しあとになるのでしょうか?

去年10月19日の金木犀です。
少し前までは、9月の終わりくらいにあの香りがしたような気がするのですが、本来金木犀っていつ頃咲くのか、ググってみました。
「金木犀の花は9月から10月に咲きます。秋の訪れを告げる代表的な花であり、その甘い香りが特徴です。開花時期は気温の影響を受け、気温が高いほど開花が遅くなる傾向があります。」
とありました。「気温が高いほど開花が遅くなる」って!あぁ、ここにも地球温暖化の影響が!東京の秋の訪れはもう少しあとになるってことでしょうか?朝方のキンと冷たい空気が待ち遠しいです。
追記:写真をさかのぼってみたら、2021年はなんと9月14日に金木犀を写していました。年によって多少時期は違うとは思いますが、たった数年で、びっくりです。

今週の展示は、早川修 詩画?展「漂う魂 + α」。 絵画、木版画、詩の展示です。昭和を思わせるようななつかしい感じがします。版画に彫られている詩が面白く興味深いので、是非ゆっくりとご覧ください。ギャラリーに流れている音楽もなつかしい。21日まで。